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ラストメッセージ

ラストメッセージ

書籍(小説) - 2019

INTRODUCTION

届くはずのない天国のあの人にあてたメールに、返信が届いたら…。3シーズンに渡り放送中のBSN人気ラジオドラマシリーズ「ラストメッセージ~天国からの返信~」。これまで放送された中から6篇を収録した短篇小説集が誕生。出会いと別れ、孤独、恋愛、挫折と後悔…人生の岐路に立たされたとき、愛する人を喪ったとき、胸に響く言葉がある。人を想うやさしい気持ちにあふれた大人のファンタジー。

BSN|定価1,400円+税
2019年6月15日発売|四六判単行本|234ページ
ISBN978-4-60000140-7

 

収録作


かなしい怪獣
いつかのハワイ
前夜
彼女が眠る夜に
ありがとう

SELF LINER NOTES

この本についてのこと

発端はラジオのプロデューサーさんからの一本の電話。「亡くなった人にメールを送ると天国から返信が届く、そんなドラマを作れないか」という相談をいただいて、「たぶんできます」と軽い気持ちで答えたところからでした。その設定ならおそらく無限にできるだろう、と。ところが実際に作ってみると、ラジオドラマの5~6分という枠、声と音しか表現の手法がないということ、そういった制限の中では収まりきれないものを感じてしまい、このように小説のかたちでリテイクさせてもらいました。「身近な人の死」というのは、亡くなった本人にとっては人生の「終着点」だけれど、そのまわりの人たちにとっては常に「通過点」です。どんなに悲しくて、つらくても、当然人生は先があって、世界は普通に続いていく。そのなかでどんなふうに大切な人の死を受け入れていくか。まずはその過程を、メールでのひとつのコミュニケーションを軸に、大衆向けの物語のかたちで描きたいと思いました。それに今は、人が亡くなってもスマホにメモリは残っているし、メッセージやLINEなどでは会話がずっと途切れたまま残り続けている時代。だからこそ、「途切れた会話のその先」「失われたコミュニケーションの続き」みたいなものに思いを馳せてみたい、そこで夢を見てみたいとも思いました。物語のテーマはきっとすべての人にとって意味を持つもの。だからたくさんの人に読んで欲しくて、普遍的で読みやすいものに仕上げたつもりです。(2019.10.28)

 

光 Into the light

子どもが親を必要とするときの気持ちと、親が子どもを大切に想う気持ち、はたしてどちらが強いのだろうと考えるときがあります。親という立場になってみると、そりゃあ親の想いの方が強くて当然、という気がしますが、小さな子どもだったときを思い出すと、母親に対して抱いていた気持ちは、ときにそれはもうすがりつくようなものだった、とも記憶しています。人と人は、一度離れてしまうといつのまにか相手の存在を単純に記号化してしまうところがあります。でも親子に限ってはそれはない。そんなふうに思うし、それだけは信じていたいと思います。主人公の男は、いつだって道を踏み外しながら生きている。だけどそんなの、家族を失う理由としては不十分だ、という、なんというか、ちょっとした救いの物語。とてもシンプルな話です。(2019.7.26)

 

かなしい怪獣 Meet again in heaven

誰にとっても「好きなもの」というのは個人的なものです。誰かのファンだったり、何かのマニアだったり、変な匂いや味が好きだったり。「好きな人」というのもそう。だからカップルというのは個人的なものと個人的なものが重なり合った「ごくごく個人的なもの」の集合あるいは接点であって、それゆえ「ふたり」が揃って大切にするものは、ふたり以外の人たちにとっては鼻くそ並みにどうでもいいものです。で、逆説的だけれど、そういう「どうでもいいもの」を共有できるのが「ふたり」なのです。一組の男女が親密な「ふたり」でいることが、もしも幸せの姿形だとするならば、ふたりにしか使えない言葉、ふたりしか笑うことのできない台詞、「時間」や「景色」や「時代」や「文化」に支えられてそういうものをたくさん共有することが、そうやって「思い出の共謀者」になることが、いちばん具体的で確かな「幸福の実践」なんじゃないかな、と思ったりします。(2019.7.26)

 

いつかのハワイ Someday, someday, someday

人と人のつながりを信じたい、と思うとき、結局のところ「家族」という単位に行き着きます。親子という一対一の関係はいつか離ればなれになるし、夫婦だって紙切れ一枚でかんたんに解消できる(その前段階の「恋人」はいつか失うことがその言葉の意味に内包されていたりする)。でも、ひとつのユニットとしての「家族」は、夫婦にとっての「子育ての時代」(子どもにとってのまさに子ども時代)を強力なバックボーンとすることで、まるで「ヒット曲を共有してしまったがために解散しても結局また繰り返し結成するバンド」みたいに、ふんわりとその組織に属し続ける感じがします。ひとりだけど、完全なひとりではいられない、ソロなのに常に元○○みたいな。イントロが鳴れば、その瞬間、みんながそこに存在してしまう、メンバーの揃った光景がパッと浮かぶ、みたいな。その安心感としがらみ。結局、いつまでも、みんな同じメロディを知らず知らず口ずさんでいる。この話はハワイを舞台にした家族の物語ですが、僕はまだハワイに行ったことはありません。行ってみたい。(2019.7.26)

 

前夜 The night before wedding

ひどく悲しいことがあっても、その悲しみがいつか幸せを連れてくることもある。自分の過去をかたちづくるのは未来の自分だし、未来が変われば過去も変わる。そういうテーマでずっと書きたいと思っていて、この話を書きました。誰かがスキャンダルを起こすと、鬼の首を取ったかのように清廉潔白な正義大好き人間がどわーっと群がる今の世論的なものが、実に気持ち悪い。「法に触れたらアウト」「不倫したらアウト」「誰かの心を傷つけたらアウト」みたいなことを平気な顔で言える人たちは、たぶん、とても小さな世界で自分のことしか考えずに生きてきたのでしょう。他人の人生を谷底に突き落としてそこを観光地化することくらいしか、もう楽しみがない。本当に不寛容で不自由な世の中だなあと思います。でも心ある人の生きている世界はそうじゃない。失敗も、苦しみも、挫折も、きっと未来が救ってくれるし、そのための出会いが待っている。誰かが見守っていてくれる。白は白、黒は黒、ではなく、美しいグレーの階調の中で生きていこう、という物語です。(2019.7.26)

 

彼女が眠る夜に How come, so long.

「止まり木もの」というか、シチュエーションものをやりたくて、これまでとはちょっと色彩の異なるタイプの話を書いてみました。バーカウンターの一夜の出来事。どちらかというと前向きではなく、後向きな、未練を引きずっているような話です。でも、とっくに別れた男女が情熱はとうに失ってもまだ相手を想い合っている、みたいなのって逆にすごくロマンチックじゃないですか? お互いの嫌なところもみんな知って、腐れ縁もようやく切れて、それでも忘れないって、ある程度の年齢になると、すごく夢のある話だと思います。バーの名前「ハウカム」は、高校生のときに買ったベイビー・フェイスのMTVアンプラグドのアルバムに入っているスティービー・ワンダーとの共演作「How come, How long」から取りました。お店のお客さんとして「前夜」のふたりが友情出演。(2019.7.26)

 

ありがとう The last message

自分が人生の最後に何を言葉として残したいか。それを考えたら、ありがとう、しか思いつかなかった。もうちょっと何かあるだろう、と考え直しても、やっぱ幕切れとしていちばん相応しいのは、ありがとうかな、と。だから『ラストメッセージ』の最後にこの話を持ってきました。収録した6本の中で唯一、「死」そのものに至るベクトルを書いています。書いていてちょっとつらかった。あまり書きたくなかった。でも、ありがとうと言えること、ありがとうと言ってもらえること、その喜びは、人生という限られた時間の中で、本当に美しく光輝く。そのことを伝えたかった。最後に素直な気持ちで「ありがとう」と言える、そんな人生を過ごしたい。そう思います。ちなみに主人公の隣の席に座っていた女の子は「かなしい怪獣」のヤマグチです。そういう裏設定です。(2019.7.26)