NIKKI

雑草は心を乱す。

2019.08.27

 

暑さが和らいだので、重い腰を上げて久しぶりに事務所の玄関の草刈りをした。重い腰を、といっても、敷地と道路の間の(距離にして10メートルもない)アスファルトとコンクリートの亀裂から一列ににょきにょき生えている雑草の根元を、端から順に園芸鋏で切っていくだけなので、ビニール袋にまとめる時間を含めて15分もかからない。定期的にちゃちゃっとやってしまえばいいのだけれど、どちらかというとものぐさなタイプの人間なので、雑草伸びているけどまあいいか、とか、まあそのうちきれいにしよう、とか思っているうちに時間が経つ。で、夏が終わりかけた今頃になって、この夏はじめての草刈りとなった。名も知らぬ雑草とはいえ、生きている植物の茎を刃で挟み、首を落とすかのようにジョキジョキと切っていく行為には、わずかながら罪の意識がはたらく。どんな小さな命も大切に。自然の恵みに感謝を。そういう方面のスローガンから連想されるイメージが、なんだか悪いことをしているような気にさせる。あり余った青春のようにいきいきとした緑色の太い茎をブチッとやるときは、特に。これはいったいなんなんだろう。草刈りや草むしりはどちからといえば善行だと思ってたのに。世の中にはいろんな種類の善悪が入り乱れていて、戸惑う。もうアラフォーなんだからそんなこといちいち気にしてたらやってけないよ、と自分でも思うけれど、なんか胸の中で小人たちが騒ぐような感じがする。ところでずいぶん前に、無人島生活者の髭のごとく汚らしく繁茂した事務所前の雑草が、ある朝突然、きれいさっぱり刈り取られていたことがあった。誰が刈ったのかはわからない。心当たりのある人に片っ端から訊ねて、親や親戚にまで電話したけれど、未だにわからない。礼を言うにも言えない。奇妙な出来事だった。ちょっとしたミステリー。そしてわずかに気持ち悪い。雑草ごとき、と思うけれど、雑草は心を乱す。だから面倒くさいのだ、草刈り。